目覚ましの音、カーテンから漏れる陽の光。
矢島舞美は、にょっ、とベッドから手を伸ばすと、耳障りな電子音を止めた。
「んー、あと5分は…大丈夫…カナ☆」
大きめな枕を抱かかえるようにして、顔をうずめる。
今日は…えーっと学校は休みで…仕事は…仕事…。
「…あ、そうだ、コンサートだ!」
パチッと目を覚まし、スタンバイからウェイクアップモードになった舞美。
寝そべったまま大きく伸びをし、布団を跳ね除け、足を天井へ向けて伸ばす。
そのまま体を回転させて、床に降り立った。腕を振り回し、首をコキコキ鳴らす。
腰を回しながら、机の上の時計を見た。
今日は電車でいつもの駅まで行ってから、マネージャーのクルマに乗って…まだまだ
時間に余裕がある。先にごはん食べて、それから髪の毛整えて、お化粧して、着替えを
して、よしよしスケジュールはバッチリだ!
上下スウェット姿のまま廊下に出て、階段を下りていく。
「夏!夏!リップスティックきらめいて〜♪…ん?何か忘れているような…あ、おはよ
お兄ちゃん!おはよう、コロン!」
お前は朝から元気だな…と言いたげな、寝ぼけまなこの次男とすれ違い、洗面所に
入る。ザーッとお湯を出し、バーッと洗顔フォームを付けて、ガーッと顔を洗った。
鏡を見る。顔のむくみはあまり無い。擦り寄ってくる犬を抱き上げた。
「よし!今日も綺麗だぞ!…って、あはははっ!重さんじゃないし、あ、おはよう。
お父さん!」
お前は朝から楽しそうだな…と言いたげに、寝癖のついた頭をかきながら、洗面所に
向かう父とすれ違い、廊下に出る舞美。リビングでは母が食卓に食事を並べていた。
ごはん、わかめの味噌汁、なんだか種類は知らないけどお魚、それと納豆。
「おはよう、舞美。今日は力つけないとね。もう一品追加よ!」
そう言って、サラダボウルをテーブルに置く。トマトとレタスにチーズがかけられ
ていた。ザッツパワーなら肉!じゃないのかな、お母さん?とは思ったが、口に
出しては別のことを言った。
「知ってる、このサラダ。シーザーサラダって言うんだよね、こないだ作ったよ!」
「あらよく知ってるわね、舞美は料理なんて全然しないくせに…」
「もー馬鹿にしてぇ、…愛理と栞菜がすごいおいしいって、あたしの腕をチョーほめて
いたんだかんな!」
チョー、かどうかは怪しかったが、栞菜が舌なめずりするほどの出来だったのは間違い
ない…と思う。「いただきまーす!」美しい箸の持ち方で、納豆をかき混ぜる舞美。
白くなるまでグリグリと、糸を引かせる。父が食卓につき、旺盛な舞美の食欲を見、
目を丸くしている。
「そんなに食べて、動けるのかね?」
「今日は3公演もあるから、今のうちに食べて消化しておかないと!ごちそうさま!」
「駅まで送ろうか?お父さん、クルマ出すぞ…」
「いいよいいよ、最近マラソンして体力つけてるんだ、今日は駅前まで走る!」
目に入れても可愛くない末の娘。しかも比喩的にではなく、本当に美少女ときていて
なおかつ芸能界、紅白にも出られるほどのトップアイドルになってしまった舞美。
お父さんは、君が遠くへ行ってしまうのではないかと心配なんだ…。少しでもいい
何か役に立てることは無いだろうか…。
そんな父の親心を、一蹴して部屋に戻った舞美は、シャツとスウェットを脱ぎ、下着も
取り払った。出るべきところがあまり出ていないボディがあらわになる。素っ裸のまま
少し考え込んだ。
「あっ、シャワーどうしようかな…まぁいいか、どうせすぐ汗だくになるんだし」
合理的な考え方を持って、朝のプロセスの一つを省略する。タンスの引き出しから
いくつかのブラとショーツを取り出して床に並べた。今日はどの系統で決めようか…。
よし、お気に入りのピンクで!ってことは、洋服もそういう系で合わせるかな?
(あ、そうだ。白黒系でコーディネートするって、宣言したんだっけ…)
モコモコのお姫様服ばかり着ていた舞美は、メンバーからダサいと評されることが
多かった。そもそもあまりおしゃれに興味が無い。親の見立てで適当に着ているため
本人には責任がないのだが。下着姿のまま、クローゼットを眺めて悩む舞美。
「うーん、どうしようっかな。…とりあえず、トイレに行こう」
そういや起きてから、オシッコにも行ってなかった。朝食を取ったので、定期便意が
下腹部のインターフォンを押し始めている。部屋のドアを開け、階段を下りた。
トイレのドアの前で、再び次兄と鉢合わせる。舞美は下着姿のままだが、その格好で
彼女が家の中でうろつくのは、この一家では特に珍しくもない。
「ん、舞美トイレか?」
「うん、そうだけど…お兄ちゃんも?」
お互いに無言で顔を突き合わせた。一呼吸置いてから、舞美は一歩後ずさり、両手を
後ろに回す。ユラリ、とモーションに入り…
「じゃんけん!」「ホイッ!」「やったぁ!」「ぬぅっ…」
舞美の自身の表れ、魂のグゥーが、次兄のチョキを打ち破った。「く、くそぉ…」
意気揚々とトイレに入る舞美。便座を下げ、どかっとお尻を乗せる。
「んー今日はトイレ戦争に勝って、朝から気分がいいわねぇ〜♪」
括約筋を緩めると、尿道口から朝一の濃厚な小便がジョバァァ…と噴出した。
毎朝無駄に捨てられている、さゆの貴重なオシッコに匹敵する至高の甘露であろう。
ピチョ、ピチョ…と、尻を伝って水面に落下するしずく。温かい小便から湧き立つ
湯気が、舞美の硬く締まったヒップを蒸らした。
舞美の目の前にはカレンダーがかかっている。色んな仕事をやるようになって、スケ
ジュールが詰まってきたため、何かの折に「この日は何があって…どこ行って…」と
思い出すようにしているのだ。未来のことも、過去のことも。
(あたしって、どうやら天然?らしいから…忘れっぽいのよねぇ)
えーと昨日は、リハーサルがあって、それで帰りにファミレスで食事をして。
ん?なんか重要なことがあったような…、えーと、えーと。
…あ、ウンコ出る…。
舞美のすぼまった肛門は広がり、しわが失せて突出する。褐色の糞塊がこじ開ける
ようにヌヌヌ…とひり出されて来た。5センチほど飛び出して一旦止まる。
ここでちぎってはいけない。中途半端な残便は、生理的不快をもたらし、精神衛生上
良くないのだ。一本糞、それが一番大事。
舞美のポリシーは「ファイトー!いっぽーん!」である。
彼女は視線を下腹部に移した。恥毛が剃られて、子どものような肌色の陰部。
包皮から切れ込むように、女の溝が始まっている。
以前、桃子に剃られて以来、パイパンにしておくのが習慣になってしまった。
「ツルツルの方が、可愛いよ」とは千聖。
「ちょっとだけ生えていると、なんかチクチクする」と友理奈。
それなら…、ということで、いつもお風呂場で手入れをしているのだった。
少しだけ太腿を開く。自らの排泄物の臭気を鼻に感じた。先日、肉類をほとんど食べな
かったせいか、破滅的なクサさというほどではない。舞美は、肛門の括約筋を緩める
と同時に、下腹を手で押さえて、腸の蠕動運動を促した。肛門から飛び出している
第一陣を、直腸に達した第ニ陣が押し出してくれるはずである。
「んー……んん…」
モリ…、モリ…と、トコロテン方式で押し出される一陣。肛門のしわが無くなるほどの
太さを舞美は実感した。その直径が後半に至って細長くなるにつれ、アナルの緊張感は
薄れ、それが重力の定めに従って水面に落下すると同時に、第ニ陣が疾風怒濤のごとく
駆り出して行く。ズルズルズルズル…と標準的な太さのウンコが、威勢良くとぐろを
巻いて便槽に鎮座ましました。
「ふぅ…、出た出た、今日も快便だね!」
ニ、三度、肛門を開け閉めして、残便の無いことを確認した舞美は、ペーパーを左手で
巻き取り、無造作にたたんだ。ウォシュレットのスイッチを押して、温水をお尻に噴射
させる。右手に持ち替えたペーパーで、まず前面から性器を数回なでるようにして
尿を吸い込ませ、ついで背後から谷間の窪みをこするように水気を取った。
ペーパーを確認すると、ほんのり黄色がかっているかのように見える。
ポイ、と便槽に捨て、パンツを引き上げながら、立ち上がって振り返る。
太く楕円形の一号、長くバナナ状の二号が、水面下に駐機している。違法駐車を続ける
それを強制レッカー移動するため、水洗のコックに手をかけた。
(…ん?ウンコ…あたしのウンコ…、なにか…忘れて…えーと、えーと)
「ああーっ!忘れてた!カギ!手錠のカギッ!……って、そうだ!この…」
ウンコの中に…あ、あるのか…?
なっきぃと佐紀ちゃんをつなぐ、手錠のカギがあるはずだった。危ない危ない、つい
世界の果てに流してしまうところだった。思い出してよかった。でも!
「…で、でもコレの、中身を調べないと行けないのか…や、やだなぁ…」
自分のウンコとは言え、さすがに中身をほぐして調べるのはイヤだった。前に一度
掴んで投げたことがあったが、あれは正直スマンかった今は反省している。
(そ、そうだ、こういうのが好きな人間がいる!モチはモチ屋、うんこは千聖か栞菜。
そもそも栞菜のいたずらでこういうことになったのだから、本人が責任を取るべきだ。
このウンコを持って行って、あいつらにカギを調べさせよう!あたし頭いいー!)
真っ当に考えれば、人にウンコを見られるそっちのほうが、よっぽど恥辱的な仕打ち
のような気がするが、ここ数ヶ月の異常な性行動によりすっかり常識のネジが狂って
しまっていたのである。かわいそうな舞美…。
(それじゃ、このブツをどうにかして持って行かないと…)
舞美はトイレを出て、台所へ向かった。母が洗い物をしている。その横を通り抜けて
食器棚を開ける。食品保存用のタッパーを取り出し、ついでに割り箸もゲットした。
「舞美、女の子なんだからちゃんと服着なさい!あら、何に使うのそれ?」
「…えーと、……け、ケータリングの残り物とか…持ってこようかな…とか言って…」
「ふーん、じゃあおいしそうなのがあったら、持って帰ってきてね」
舞美は後ろ足で、逃げるように廊下に出た。ごめんなさいお母さん、このタッパーに
決しておいしいものは入りません。それどころか、二度と使用不可能になります…。
罪悪感とともにトイレの前に歩いていくと、そのノブを開けようとしている次兄の
姿があった。ま、マズイ!
「お、お兄ちゃん!ちょっと待っ…」ドアが開かれ、中に入る兄。
「ん?…うわぉぉっ!お、お前、流せよ!キタネエなぁ!しかも超デカ…って、ま、
舞美…一体それ…何に使う…」
「…え?」
妹が手にしているのは、タッパーと割り箸。流さぬウンコを前に硬直する兄妹。
「……ま、まさか、桃子とかと組んで、アイドルショップで売る…とか!?」
「そんなわけないでしょぉぉぉ!!2ちゃんねるの見過ぎだッ、バカ!」
上段回し蹴りを食らって吹っ飛んだ次兄に目もくれず、個室に入る舞美。便器の前に
しゃがみこんだ。息を止めて、割り箸でブツをタッパーに移動する。意外と重量を
感じた。……よし、これでいい。蓋をきつく閉めると、水を流した。
(あっ、こんなことしてたら全然時間が無いじゃん!というか遅刻かも!)
容器をビニールでくるみ、コンビニ袋で包み、それを手提げの紙袋に入れた。
なにやらテロリズムな雰囲気が漂っている。舞美は結局モサ服を着込むと、カバンを
肩にかけ、家を飛び出した。走る、走る、路地を抜け、大通りの信号を渡り、商店街に
さしかかる。まるでメロスのように!
あ…お父さんにクルマで送ってもらえば良かったのか、と気づいた頃、駅に到着した。
SUICAをパシッと叩きつけ、ホームへと走る。まさに列車が到着した所だ。
「グットタイミーング!よっし、これで間に合う〜助かったぁ」
「…この電車は○○行き特急です。次の停車駅は…」
え?特急…?今、アナウンスで特急って…。
舞美は扉の上の停車駅案内図を見た。小さい文字だが視力はいいので良く見える。
何度見直しても、乗換駅を思いっきり通過するようだ。自分のアフォさにほとほと
嫌になってくる。これではみやびちゃんではないか…。
でも!大丈夫、まだ間に合う!まだ、大丈夫!次の停車駅で対向列車に乗って戻れば
ギリギリ集合時間だ。舞美は背筋を焼かれるような思いで車窓を睨みつけた。
「まもなく△△〜、お出口は右側です〜乗り換えのご案内…」
特急がホームに滑るように入り、停車する。向かいのホームには逆方面行きの列車が
すでに居た。急行だ。これはラッキー、とばかりに舞美はドアが開くと同時にダッシュ
して、飛び乗った。ドアが閉まり、列車が動き出す。
「ふぅ…これでもう大丈夫、アレを届けないと、あの二人は繋がれたままになっちゃ
うからね、なんとしてでも…え?アレ?あ?ああっ!」
汗だくの少女に怪訝な目を向ける乗客。
その頃、特急列車では、あるじの居ない手提げ袋がポツンと取り残されていた…。
■
「す、すいません…あの忘れ物で…、先に行っててください、後からタクシーで会場に
行きますから…い、いえ!開演には余裕で間に合いますので!はい、すみません…」
舞美は携帯に向かってペコペコと謝罪を繰り返した。電話をポケットにしまうと
目の前の『遺失物センター』の看板の扉を開けた。先ほどパニックになりつつも駅員に
話したら、すぐに車掌に連絡をして、ここに届けておいておくとのことだった。
「ハイハイ、向こうの駅のほうから、連絡を受けてますよ!」
「良かったぁ!で、その…あの、袋はどこに」
「あ、でも、一応ですね、違う人が取りに来られるとマズイので、中身の確認とか
身分証明をお願いしますねー」
………えっ?
「あの紙袋、いかにもほら、怪しいっていうか、ビニールでなんかグルグルに巻か
れていて、乗客の方も不安だったみたいですけど…。まぁお嬢さんのような方の
持ち物なら、そんな変なモンじゃないですよね?……どうかされましたか?」
「い…いえ、何でも…ないです。あ、あのこれ一応学生証…」
「はい、はい、矢島舞美さんですね。紙袋の中はこれだけで大丈夫ですか?」
そう言って、駅員はコンビニ袋に包まれたタッパーを取り出した。袋から取り出そう
とするその手を、万力の握力で掴みかかり、夜叉の表情で吼える舞美。
「うわぁっ!な、なにをするんですか!」
「開けないで!開けたら、きっと臭いです、ものすごく臭いです!えーと、えーと
ド、ドリアンが入ってるんです!やめたほうが身のためです!つーかやめろテメエ!」
「あ、あっ、なるほど!わかりました!折れる!折れるっ!」
紙袋を引っつかんで、舞美は再び走り始めた…。
某なんちゃらアリーナ。
会場裏にタクシーを止め、お釣りはいらない!と駆け出す舞美。連絡をしておいた
ので、すでに通用口にマネージャーが待っていた。謝るのもそこそこに楽屋へ一直線!
入り口横に貼られた紙には「ベリーズ工房様」の文字、ここだ。
「お待たせッ!佐紀ちゃん、これ…」
ドサッと、紙袋を置いて、ゼイゼイと息を切らす舞美。顔を上げると、キョトンとした
顔の友理奈、奥には茉麻がいた。他のメンバーは…?
「あっ、舞美ちゃんやっと来たんだ。ステージの方でキャプテンが待ってるよ。二人で
ダンス練習をしているみたい、他のみんなは適当に散らばってるけど」
え?ダンス?手錠はどうなったの?
舞美は身を翻し、階段に向かった。三段飛ばしで駆け下り、スタッフの間を抜けて
舞台袖へ入った。音楽が聴こえる。あれは…夏ドキのCDだ。
佐紀と早貴。二人が息の合った見事なダンシングを見せていた。特にキャプテンは
何かが吹っ切れたかのように、官能を心のうちから爆発させ、見ている者の情欲を
刺激する視線を向けてくる。もちろん早貴も負けてはいなかった。
(す、すごい。二人の動き!一晩でこんなに変わるなんて!)
それにしても…手錠はどうやったんだろうか?ジュースを飲んでいる栞菜を発見し
歩み寄る舞美。気づいた栞菜が手をヒラヒラさせてニッコリと笑う。
「おはよ…栞菜、で、どうやって外したの?アレ…」
「ああ、カギ?さっき桃子ちゃんがヘアピンでサクッと開けちゃったよ。…あ、あれ?
どうしたの舞美ちゃん、ちょっとしっかりして、先生がめっちゃにらんでるよ、立って
立って、しっかりしてよぉ〜?」
■
「…なんか舞美ちゃん、すごい慌てて走っていったけど…、これ忘れてるよ」
ドアの外に顔を出していた友理奈。手提げ袋をテーブルに置き、椅子に座りなおした。
茉麻は立ち上がり、その袋を覗き込む。
「なんだろ、これ。舞美の家からの差し入れか、なんかかな?」
「だめだよ茉麻、勝手に開けちゃ。舞美ちゃん怒るかもしれないよぉ、うがー!って」
「…今度は負けないから。というか、あの時の、うんこの恨み、あたし忘れたわけ
じゃないんだからね!友理奈は舞美と仲良くやってるけど…あたしはあの子嫌い!」
プンプンしながら、中からコンビニ袋を取り出す茉麻。いやに厳重にくるんである。
テープをはがし、ビニールに包まれた容器を取り出した。肉か…?
「茉麻ぁ、もう…許してあげてよ、舞美ちゃんを…って食べちゃう気?…それ何?」
「いいじゃんこれくらいさぁ、貸しの一つを取り立てる…ってことで」
茉麻は満面の笑みで、タッパーの蓋を、勢いよく開けた。
(つづく)
- 2008/04/27(日) 22:44:20|
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